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前 口 上
Mというえせ医者がいた。小児科医をかたっていた。いや、今でもいるかもしれない。
生まれは昭和のはじめ1930年前後というから、2000年代に入ってもまだ生きている可能性はある。
「憎まれっ子、世にはばかる」という諺を地でいくような男だから、たぶん、まだ、いけしゃーしゃーと、えせ医者をやっていることだろう。
だが、それだけに、Mには謎が多い。どうして医者になりすませていられるのか?
どうして世に幅を利かせていられるのか?
ふつうえせ医者は本物のお医者様よりもっと本物に見せかけるものだが、Mは逆だ。ひとつもお医者様らしくない。だいいち白衣は着ていない。だらしない着流しだという。医学用語はしゃべらない。どうやら、カルテも日本語で、それも俗語で書かれているようだ。Mが開業した医院だって、まるで幼稚園みたい。その玩具にあふれる診察室で、子どもたちと遊んで暮らしているらしい。
ところが、それでいて、Mはたくさんの本を書いている。分かっているだけで、50冊を越える。そのほとんどが育児書のたぐいだ。なかに、賞をえたものやロングセラーを続けているものさえ少なくはない。ということは、堂々と小児科の医者として、広く世間にまかり通っている、いや、まかり通しているというべきか。
しかも、大胆不敵、そうした本で、Mは、医学界への批判を書きつけることに遠慮しない。それどころか、年を取るにつれて、保健行政に敵対する発言さえおおっぴらにしだす。
こうしたMの言動が本物の医者たちの憤慨を買わないはずはない。さすが本物の医者たちは、「金持ち喧嘩せず」で、Mを黙殺している。が、裏では「問題だ」と息巻いているフシが濃厚だ。
そんなMだから、彼の素性、来歴については、ことあるごとに、世上なにかと取り沙汰されてきた。けれど、Mの場合、本物の医者とちがって、学歴・研究歴・所属する学会や医師会・博士号や専門認定医といった資格・職歴・地位といった品定め法では、まったく、とらえどころがない。そのどれにもこれにも、まともに当てはまらないのだ。M医院にしても、彼は「院長」という肩書きが付けられることをひどく嫌う。それもそのはずで、彼のほかのスタッフとしては、事務をしてもらっている近所の主婦一人しかいない。
といったわけで、Mの素性、来歴についても、いまだに明らかにされていない闇の部分が多々ありそうだ。また、それだけに、誤解から、ひどい悪者にされたり、逆に神秘化され崇拝されすぎているきらいもあるようだ。
とすれば、えせ医者Mに関するさまざまな謎、その素性、来歴について、できるだけ真相を明らかにしておくことが、世のために必要だし、M自身の名誉のためにも反省のためにもなるだろう。
それだけではない、もしかすると、その過程で、Mが批判し敵対してやまない医学界と保健行政の誤りや汚濁までもが明らかになるかもしれない。もちろん、Mのほうの誤りや失敗や思い過ごしも暴露されるにちがいないが。もって瞑すべきだ。
そう考えて、この本は書かれることになった。(以下省略)
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